こんにちは。夢の宮へようこそ。

管理人のEki‐MAJOです。

 

天神様って、どういう神様かご存知でしょうか?

学問の神様。いやそれは天神様のごく一部の性質でしかない。

 

本来の役割が隠されているのが、現状です。

 

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尾形光琳 『風神雷神図屏風』 (俵屋宗達の模写)

 

ヒントは名前。天神、天の神。

(正式名称は、『天満自在天神(てんまじざいてんじん)』

画像を見ると一目瞭然。天の神、雷神です。

 

今では天神様=菅原道真公と思っておられる方が大半ですが、

実は天神様が先にいて、後から菅原道真公を合祀した(合わせ祀った)のが真相です。

 

洋の東西を問わず、雷は「神の武器」でした。

ギリシャ神話でも大神ゼウスの武器は雷霆です。

 

雷という恐ろしい武器を地上に落とすとともに、天からの恵みも下さる。雨という恵みを。

 

特にコメが主食の日本では、雨の降る降らないは死活問題でした。

コメを、育てるには大量の水を消費する。ご飯を炊くのも、水が必要。

 

天神様は本来は農耕神というか、豊穣の神様でした。

 

なので、地方のほうでは数十年ほど前は、《雨乞い》をする神様だったのです。

昔は陰陽師が雨乞いをする神様でした。

 

しかし、日本の神様はフレキシブルというか(ある意味いいかげん)、

歴史上の人物との関りで、ご利益が変わったり役割が変わったりします。

 

ご存知、菅原道真公の登場です。

 

菅原道真という人を語る上では、(第59代)宇多天皇との関りは外せません。

 

宇多天皇という方は歴代天皇の中でも、特異なキャリアの持ち主でした。

 

光考天皇の皇子として生まれながら、源定省(みなもとのさだみ)として臣籍降下し

約2年間、臣下として朝廷に仕えておられたのです。

 

前々帝、陽成天皇は狂気の疑いがあり、皇族復帰され天皇に即位されました。

 

(宇多天皇のキャリア、『源氏物語』の光源氏と似ていますね。

臣籍降下した皇子がやがて皇族復帰する。

モデルの一人でもおかしくないのに、無視されている。

皇族復帰の例として宇多天皇に注目が集まるのが困るんですかね。だから、ここで言う!

宇多天皇は恋多き天皇としても知られ、

中宮温子の他に歌人として有名な伊勢御息所や京極御息所などの恋人がいます。

京極御息所に言い寄る男もいて(柏木のモデル?)、実に光源氏に似てる。

なぜ言わないんだろう?それからスゴイ猫マニアでもあられる)

 

宇多天皇は一度は臣下として仕えた経験から、

藤原氏に浸食される廟堂の様子を快くは思っておられなかった。

 

そこで、藤原氏に対抗する人物として目をつけたのが菅原道真公でした。

道真公は、祖父の代からの『菅家廊下』という今でいう私立大学の学長の立場にあり、

たくさんの卒業生は官吏として朝廷に仕えている。

 

藤原氏の血の力に対抗するには、

この学閥の力を利用できないかと、宇多天皇は考えられたのです。

 

そういう思惑で近づいた二人でしたが、宇多天皇と菅原道真は実に《ウマ》が合う仲でした。

 

道真が奏上したことは、ほとんど宇多天皇はお聞き入れになる。

 

それで実現したのが、遣唐使の廃止です。

 

これは、藤原氏の陰謀が発端でした。

漢学に部類に詳しい菅原道真を遣唐使として支那に追い払ってしまおうという作戦でしたが、逆に菅原道真公は、『もう支那から十分に学んだのだから、遣唐使は必要ない』

と宇多天皇に奏上し、採用されたのです。

 

宇多天皇の時代から国風文化(今でいう和風の原点)が栄えたとなっていますが、

その一因は遣唐使の廃止にありました。

 

優れた漢学者でもあった道真公には良くわかっていたのでしょうね。

日本と支那は異質過ぎると・・・、その慧眼、恐れ入りますといった感じです。

 

以後、明治になるまで支那との正式な国交は無しで、日本は平和でいられました。

(私たちは、もっと天神さまに感謝せねばなりません)

 

道真は参議に取り立てられ、やがて権大納言、右大臣にまで進む。

 

しかし、こういった宇多天皇と道真との親密さは藤原氏にとっては脅威そのものでした。

 

やがて悲劇が起こる。

 

宇多天皇は在位10年で息子の醍醐天皇に譲位され、上皇になられ、

やがて熱心に仏教を信じられ、出家し法皇になられました。

 

この時を、藤原氏は待っていた。

 

総帥の基経がなくなり後を継いだ時平はまだ若く不安であったせいもあるでしょうが、

先手を打って「道真は帝位簒奪の謀略あり」として、突然太宰府に左遷してしまうのです。

まったくの冤罪でした。

 

「ながれゆく われは水屑(みくず)と なりはてぬ 君しがらみと なりてとどめよ」

道真が宇多法皇に訴えた歌です。

宇多法皇は何とか道真を救いたかったけれども、無力で救えなかった。

 

太宰府に流されて2年後、道真は配所で寂しく亡くなりました。

 

その直後から、都に異変が起こり始めました。

 

道真を追い落とした藤原時平の一族に病死者が続出したり、洛中に火事が起こったり、

ついには禁中清涼殿を落雷が直撃!

 

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『北野天神縁起絵巻』

 

祟り神(怨霊)の条件は祟りを的確に下すこと(?)で、

その点、菅公は実に優秀な(?)祟り神(怨霊)でした。

 

平安京は風水で守られた都市、その中心が御所です。

当時の人のショックはいかばかりだったことか。

 

醍醐天皇は、このショックで若死にされ、

さらには道真を救わなかったとして、地獄に落ちたと伝説が作られたほど。

 

そこで、道真公に正一位の位を追贈し、

天神様と合わせ祀り太宰府のお墓の上に太宰府天満宮を建立しました。

さらには都には、北野天満宮を建立する。

 

祟り続ける道真公の霊を祭ることで、藤原氏は自らの準《氏神》としようと考えたようです。

(さすが藤原氏、アッタマいいッ!)

 

皇室も藤原氏にならい、天神様を篤く祀りました。

(皇女和宮が徳川将軍家に降嫁する時も、北野天満宮に参拝している)

 

ちなみに「くわばら、くわばら」というおまじないは菅公の所領が桑原で、

そこには一度も落雷がなかったという伝説による、雷よけの呪文でした。

(京都御所と京都簡易裁判所の間が、桑原町)

 

 

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京都 北野天満宮 《管理人撮影》

 

菅原道真公の恐怖伝説は、これで終わらない。

事件の約30年後に起こった大事件が、平将門の乱です。

 

ここでも天神様は登場する。

将門が『新皇』に即位する儀式の最中に居合わせた

八幡神に仕える巫女が突然神がかりして叫んだのです。

 

「八幡大菩薩様のお告げじゃ!皆々承り(うけたまわり)おけ!

八幡大菩薩は将門を新皇とお認め給う(たもう)!

その証(あかし)は天満自在天神様が立てられよう」と。

 

この噂を聞いた都の人々は、さぞ恐怖におびえたことでしょう。

 

皇室の守り神たる八幡神様が、将門を新皇と認めてしまった・・・、

都の天皇はどうなるというのか(偽物ということ?)・・・、

しかも将門を霊的にバックアップしているのが、天神(天満自在天神)様とは!

 

このお告げ以降、朝廷はなりふり構わず武士たちに恩賞を乱発し将門を討ち取ろうとします。

将門の乱は鎮圧されましたが、やがて武士の世が到来します。

 

このお告げのためか、実は天神様は八幡神と共に武家を守る神でもあり、

八幡神社のあるところ、近くに天神社があることが多いのです。

(鎌倉の鶴岡八幡宮の近くに荏柄天神があるように)

 

ペアの神様で霊的守護を固める例はよくあります。

 

将門は政治をしない公家と朝廷に怒ったので、

将門の願望を成就したのが武家政治の祖・源頼朝とも理解できるからです。

 

 

 

さらには江戸時代に、ある芝居(文楽、歌舞伎)の大ヒットで

天神様は学問の神様としてメジャーになりました。

 

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『菅原伝授手習鏡』 三段目道明寺の場 娘の刈谷姫に別れを告げる菅丞相

 

道真公の、都を追われさまよう貴人というイメージは、この芝居によるところが大きいでしょう。

 

「せまじきものは宮仕えじゃなぁ(したくないものは宮仕えだ)」という

サラリーマンの悲哀を表す台詞は、この『菅原伝授手習鑑』に出てくる名セリフです。 

(劇中では、主君の一族を救うために子供を犠牲にする血を吐くようなつらい台詞です)

 

 

天神様のご神徳は多岐にわたり、五穀豊穣、学問成就、商売繁盛、

安産祈願、諸芸上達など。

 

始めに言ったように、天神様は実は陰陽道と関係のある神様でもあります。

(今は各地の天満宮へお参りしても、ごくフツーの神社になっておりますが)

 

豊臣秀吉が北野大茶湯を催したり、出雲の阿国が北野社で歌舞伎踊りを踊ったりと

天神様は文化の発信地でもありました。

 

北野天満宮の近くには京で一番古い花街の上七軒があり、

芸妓さんや舞妓さんが参加する天神様の年間行事もあって華やかです。

 

 

 

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江戸琳派の旗手、酒井抱一の『夏秋草図屏風』

一番上の『風神雷神図屏風』と見事な対になっている作品

(本来は『風神雷神図屏風』の裏に表装されていた)。

 

夕立(雷神)に打たれる夏草、野分(風神)になびく秋草。

天駆ける神々と、地上を彩る草花。

 

まるで連歌の返しを見るような、

酒井抱一から尊敬する大先輩・尾形光琳への見事なオマージュ。

 

 

 

パワーのある神様のことを書きたいな、と思っていたら、天神様が浮かんできました。

日本の周辺が危ないので。

神道女子のyuka様は、天神様に邪な願いはするものではないと。

どちらの八百万の神様にも邪はダメですが、天神様は特にいけませんね。

 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

皆さまがお幸せでありますように。